京都地方裁判所 昭和62年(行ウ)39号 判決 1989年9月01日
京都府宇治市五ケ庄新開一四番地の七二
原告
小上健一
右訴訟代理人弁護士
中尾誠
右同
藤田正樹
京都府宇治市大久保町井ノ尻六〇番地の三
被告
宇治税務署長
林貞夫
右指定代理人
笠井勝彦
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求める裁判
一 原告
1 被告が、原告に対し、いずれも昭和六一年七月四日付でなした原告の昭和五八年分ないし昭和六〇年分の所得税更正処分のうち、別表1の右各年分の各確定申告欄記載の総所得金額を超える部分を、いずれも取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
との判決。
二 被告
主文同旨の判決。
第二当事者の主張
一 原告(請求原因)
(一) 原告は、肩書住所地において新聞販売店を営む者であるが、いずれも別表1各所定欄記載のとおり昭和五八年ないし昭和六〇年分(以下「本件係争各年分」という。)の所得税の確定申告を、それぞれ法定申告期限までに申告したところ、被告は、原告に対し、昭和六一年七月四日、更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分をした。
原告が、右の更正処分及び過少申告加算税賦課処分について、被告に異議申立をしたところ、被告は、各原処分の一部をいずれも取り消す決定をした(以下、右一部取り消しの審査決定により減額された額による昭和六一年七月四日付更正処分を、本件各処分という)。
原告は、本件各処分及び過少申告加算税賦課処分に対し、国税不服審判所長に審査請求をしたが、同所長は、審査請求を棄却した。
以上の経緯は別表1に記載のとおりである。
(二) しかし、本件各処分は、次の違法な税務調査に基づくものであるから、違法である。
(1) 調査理由がないにもかかわらず調査を行なつた。
(2) 原告の同意を得ないままいわゆる反面調査を行なつた。
(3) 本件調査は、原告を民主商工会から脱会させることを目的として行なわれ、調査に際して執拗に脱会工作がなされており、憲法三一条、二一条に違反する。
(三) また、本件各処分は、原告の所得を過大に認定した違法が存する。
(四) よつて、原告は、被告に対し、本件各処分の取り消しを求める。
二 被告(答弁・被告の主張)
1 答弁
(一) 請求原因(一)の事実を認める。
(二) 同(二)、(三)を争う。
2 被告の主張
(一) 被告は、原告が提出した本件係争各年分の所得税の確定申告書が、いずれも所得金額算定の基礎となる収入金額及び必要経費の記載を欠くものであつたため、昭和六一年四月九日以降七回にわたり所属職員を原告方へ赴かせたが、原告は第三者の立会を求めるなど調査に協力せず、帳簿書類の提示に応じなかつたため、やむを得ず反面調査のうえ推計課税により本件各処分を行なつたものであり、本件各処分に手続的瑕疵はない。
(二) 原告の本件係争各年分の事業所得金額及びその計算内容は、別表2に記載のとおりであり、その科目別明細は、次のとおりである。
(1) 売上原価
別表3に記載の仕入金額を売上原価とした。
(2) 売上金額
前記(1)の各売上原価を、別表4ないし6に記載の同業者の売上原価率(売上原価の売上金額に対する割合。小数点第三位以下切上)の平均値(以下「売上原価率」という)で除して算出した。
(3) 算出所得金額
前記(2)の各売上金額に、別表4ないし6の同業者の算出所得率(算出所得金額の売上金額に対する割合。小数点第三位以下切捨)の平均値(以下「算出所得率」という)を乗じて算出した。
(4) 人件費(雇人費額及び外注費額の合計額)
前記2の各売上金額に、別表4ないし6に記載の同業者の人件費率(給料賃金額、外注費額及び配偶者以外の専従者給与額の合計額の売上金額に対する割合。小数点第三位以下切上)の平均値(以下「人件費率」という)を乗じて算出した。
(5) 建物減価償却費
原告及び原告の妻の共有する店舗(宇治市五ケ庄新開一四番地の七二)について、本件係争各年分とも左記のとおり算出した。
取得価格<1> 一、八五〇万円
残存価格<2> 一八五万円
償却額<3> 一、六六五万円
耐用年数(木造瓦葺) 二四年
償却率<4> 〇・〇四二
事業専用割合<5> 〇・四
経費算入額<3>×<4>×<5> 二七万九、七二〇円
(6) 利子割引料
前記(5)の店舗を購入した際に、南京都信用金庫黄檗支店から借り入れた金員に対する支払利息(昭和五八年分一三三万一、二七一円、昭和五九年分一三〇万二、八六四円、昭和六〇年分一二七万一、七三八円)にこの建物の事業専用割合(〇・四)を乗じて算出した金額である。
(7) 事業専従者控除額
原告の妻に係る事業専従者控除額である。
(三) 推計の合理性について
(1) 大阪国税局長は、原告の事業所所在地を所轄する被告に対し、青色申告により所得税の確定申告をしている者のうち、本件係争各年分を通じて、次の<1>ないし<6>の条件をすべて満たす者を抽出するよう指示し、被告は、別表4ないし6に記載のとおり一八名の同業者を抽出した。
<1> 新聞小売業を営んでいる者で、主として一般紙を扱つていること。
<2> <1>以外の業種目を兼業していないこと。
<3> 年間を通じて事業を継続して営んでいること。
<4> 宇治税務署管内に事業所を有すること。
<5> 仕入金額が二、〇〇〇万円以上六、六〇〇万円未満であること。
右仕入金額の範囲は、上限を原告の昭和六〇年分の仕入金額の約一五〇パーセント、下限を原告の昭和五八年分の仕入金額の約五〇パーセントとしたものである。
<6> 対象年分の所得税について、不服申立又は訴訟が係属中でないこと。
(2) 当該基準により抽出された同業者は原告と業種、営業地域、事業形態及び事業規模等の点において類似性を有し、本件係争各年を通じて事業を経営している安定した業者であり、また、その金額等の算定根拠となる資料はすべて正確なものである。また、右同業者の選定は、大阪国税局長の発した通達に基づき被告が機械的に抽出したもので、その選定に当たつて恣意の介在する余地はない。
(3) したがつて、被告が、右により選定された同業者の売上原価率、算出所得率、人件費率を用いて原告の本件係争各年分の事業所得を推計したことは合理的である。
(四) 原告の本件係争各年分事業所得は、前記(二)のとおりであるから、その範囲内でなした本件各更正処分はいずれも適法である。
三 原告(被告の主張に対する認否)
(一) 被告の主張(一)を争う。
(二) 同(二)の事実のうち、(1)売上原価、(5)建物減価償却費、(6)利子割引料及び(7)事業専従者控除額をいずれも認め、その余の事実を否認する。
(三) 同(三)は争う。
第三証拠
本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。
理由
一 請求原因(一)の事実は当事者間に争いがない。
二 原告は、被告のなした調査手続きが違法であり、この違法な調査に基づく本件各処分もまた違法であると主張するので、まずこの点について判断する。
1 原告は、本件各処分の前提となる税務調査には、調査理由がなく、また、原告の同意を得ないまま反面調査を行つた違法が存すると主張する。しかし、税務調査は、具体的事情に照らして客観的な必要性があると判断されるときはこれを行なうことができ、また、納税義務者の取引先に対する質問調査(いわゆる反面調査)を行なうか否かも、質問調査の必要性と納税義務者の私的利益との衡量において社会通念上相当な限度にとどまる限り、税務職員の裁量事項であるところ、成立に争いのない乙第一号証ないし第四号証、証人滝川通の証言により真正な成立が認められる乙第五号証、証人千井学並びに滝川通の証言及び原告本人尋問の結果を総合すれば、原告が提出した本件係争各年分の確定申告書は、いずれも所得金額の記載はあるものの、その計算根拠となる収入金額及び必要経費の記載を欠くものであり、被告は昭和六一年四月九日以降七回にわたりその所属職員を原告方へ赴かせ、税務調査への協力を要請して帳簿書類の提示を求めたが、原告は第三者の立会を求めるなど調査に協力せず、帳簿書類の提示にも応じなかつたことが認められるのであつて、これらの事実に照らすと、被告が行なつた税務調査には客観的に必要性が認められ、かつ、反面調査を行なつたことも社会通念上相当であると認められる。
2 また、原告は、被告の調査が、原告を民主商工会から脱会させる目的で行なわれたもので憲法三一条、二一条に反した違法があるから、本件更正処分は違法であると主張し、原告本人尋問の結果中には、調査に当たつた税務職員が「宇治商工会議所からなぜ民商に移つたかよく聞いてくるように上の人からいわれている。」。「民商やめたら(納税額が)六〇万円くらいになるかもわからん。」と発言し、あるいは、税務職員が「あんたらの姿勢をきいているんですわ。」と発言したのに対して、原告の妻が「民商やめることですか。」と聞いたところ、「まあそうですね。」と答えた旨の供述部分がある。しかし、たとえ、このような事実が認められたとしても、それは税務職員が税務調査にあたつて、付随的に特定の団体の会員に対してその団体からの離脱をしようようするもので、そのこと自体の違法違憲性をいうのは格別、この事実から直ちに更正処分による所得税賦課処分の違法が生ずるものとはいえない。更正処分の違法をいうためには、被告の調査が実質的にその必要性もないのに、専ら原告を民主商工会から脱会させる目的で行なわれたもので、税務調査として行なわれた本件質問調査権の行使が著しい濫用に当たることを主張立証することを要するところ、本件全証拠によつてもこれを認めるに足りず、かえつて、前認定のとおり被告が本件税務調査を開始するにつき客観的な必要性があつたと認められる。したがつて、たとえ本件で税務職員に調査に付随した前示言動があつたとしても、これにより、被告の本件各処分及び過少申告加算税賦課処分を違法とすることはできない。
3 したがつて、その余について判断するまでもなく、原告の主張はいずれも理由がない。
三 推計課税の必要性
前記のとおり、原告の提出した本件係争各年分の所得税の確定申告書にはいずれも所得税算定の基礎となる必要経費等の記載がなかつたこと、被告部下職員が、昭和六一年四月九日以降七回にわたり原告方へ赴き、税務調査への協力を要請して帳簿書類の提示を求めたが、原告はこれに対して非協力的で帳簿書類を提示しなかつたことが認められ、これらの事実によれば、原告が被告の質問調査に対して帳簿書類を提示せず、かつこれに代わる資料を何ら示さなかつたため収支の状況が明らかにできないものであるから、被告が原告の本件係争各年分の所得税を算定するについて推計課税の必要性が認められる。
四 推計課税の合理性
被告の主張(三)の推計課税の合理性について検討するに、前掲乙第四号証、同第五証及び証人滝川通の証言を総合すると、以下の事実が認められ、他にこの認定を覆すに足りる証拠がない。
1 大阪国税局長は、推計により原告の所得金額を算出するのに必要な同業者を選定するため、原告の事業所所在地を所轄する被告に対し、青色申告による所得税の確定申告をしている者のうちから、本件係争各年を通じて、新聞小売業(主として一般紙を扱つている者)を営んでいる者であつて、その他の業種目を兼業しておらず、仕入金額が 二、〇〇〇万円(原告の昭和五八年分の仕入金額の約五〇パーセント)以上六、六〇〇万円(原告の昭和六〇年分の仕入金額の約一五〇パーセント)未満であること、対象年分の所得税について、不服申立または訴訟が係属中ではないことの各条件に総て該当する者を抽出することを求め、一八名の対象者(同業者)が得られた。
そこで、被告は、右の同業者について、本件係争各年分の売上金額、仕入金額、一般経費、給料賃金及び外注費を調査した上、同業者の売上原価率、算出所得率、人件費率を求め、その結果は別表4ないし6のとおりであつた。
2 右認定の事実によれば、同業者の売上原価率等算出の対象となつた同業者の選定基準は、業種の同一性、事業場所の近接性、業態、事業規模の近似性等の点で同業者の類似性を判別する要件としては合理的なものであり、その抽出作業について被告あるいは大阪国税局長の恣意の介在する余地は認められず、かつ、右の調査は青色申告書に基づいておりその申告が確定していることから正確性が高く、その抽出数も同業者の個別性を平均化するに足るものということができる。したがつて、右同業者の売上原価率、算出所得率、人件費率を基礎に原告の所得を推計することに合理性があるというべきである。
五 所得額の算出
被告の主張(二)の原告の本件係争各年分の事業所得金額について検討する。
1 別表2<2>の欄に記載の売上原価の額はいずれも当事者間に争いがない。
2 売上金額
前記の各売上原価を、前掲四1記載の同業者の各売上原価率の平均値(売上原価率)で除して計算すると、原告の売上金額は、別表2<1>の欄に記載のとおりとなる。
3 算出所得金額
前記の売上金額に、前掲四1記載の同業者の各算出所得率の平均値(算出所得率)を乗じて計算すると、原告の算出所得金額は、別表2<5>の欄に記載のとおりとなる。
4 人件費
前記の売上金額に、前掲四1記載の同業者の人件費率の平均値を乗じて計算すると、原告の人件費は、別表2<6>の欄に記載のとおり(ただし、昭和五八年分は、一、四九〇万五、六八八円)となる。
5 別表2<8><9>及び<11>の欄に記載の建物減価償却費、利子割引料及び事業専従者控除額はいずれも当事者間に争いがない。
したがって、原告の本件係争各年分の事業所得金額は、前記の算出所得金額から人件費、建物減価償却費、利子割引料及び事業専従者控除額を除いた額である別表2<12>の欄に記載のとおり(ただし、昭和五八年分は七七一万〇、八五五円)と認められる。
六 よつて、本件各処分は、いずれも右認定の原告の係争各年分の各事業所得金額の範囲内でなされた適法なものであつて、過大認定の違法はなく、原告の請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 吉川義春 裁判官 菅英昇 裁判官 堀内照美)
別表1
課税の経緯
<省略>
別表2
原告の事業所得金額
<省略>
別表3
仕入金額の内訳
<省略>
別表4
同業者の原価率、算出所得率及び人件費率表(昭和58年分)
<省略>
別表5
同業者の原価率、算出所得率及び人件費率表(昭和59年分)
<省略>
別表6
同業者の原価率、算出所得率及び人件費率表(昭和60年分)
<省略>